世間では、政府機関の「障害者雇用率の水増し」問題に対する批判報道が加熱しているが、ここでは八王子市を例に取り上げて、もう少し違う角度から、この問題を考えてみたい。(ただし、以下で論じる問題は、八王子市に限らず他の行政機関に対しても同様に指摘できるのではないか)
一言で言えば、現在の「法定雇用率を満たしているのか?」といった量的な側面から、更に一歩踏み込んで「障害者雇用の実質的な内容はどうなっているのか?」という質的な側面へと、この問題を深化させてみる。
その結果、我々の目の前に現れてくるのは、本来は多様であるべき障害者雇用の難しさ、特に精神障害者の雇用を巡る非常に困難な状況である。
1.職員採用の障害者枠はあるのか?
そもそも、現在の加熱している「障害者雇用の水増し」問題に関心があるわけではなかった。
フードバンク八王子では、障害者ための就労支援施設「フードバンク八王子ワークス」を運営している。その関係から「市役所には障害者枠はあるのだろうか?」という、いかにも我々らしく「素朴な疑問」を持っただけであった。
八王子市に、この疑問を問い合わせてみると、妙に慎重な態度であり、なかなか回答をもらえない。それで、ようやく「ああ、今、世間で騒いでいるから警戒しているんだ」と気がついたくらいである。
その証拠に、ようやく職員課の「担当」につないでもらえたら、彼はまず最初に「うちは法定雇用率はクリアしていますよ」と宣言した。
私は当惑した。
「いや、私はマスコミの人間ではないので」と前置きして、彼に質問した。「市役所には職員採用の障害者枠はあるのでしょうか?」。
この「障害者枠」とは、障害者だけを対象とする採用の枠組みである。
一般の人にはわかりにくいところだと思うが、このような採用の枠組みは必須ではない。このような枠組みがあろうがなかろうが、法定雇用率を満たせば問題ない。障害者が、一般の人と同じように採用試験を受ければ、そして合格すれば、何の問題もないのだ。
ただ現実には、障害者も一般の人と同じ枠組みで採用すると、法定雇用率を満たすのが難しくなるので、たいていの場合、障害者専用の「障害者枠」というものが準備されている。
私は、この担当者から、八王子市にも、正規雇用・非正規雇用の両方について、この「障害者枠」があるとの回答を得た。
ただし「身体障害者に限る」と。
まず、この点に、八王子市の問題点を指摘することができる。
2.障害種別とは?
障害は、一般に、身体障害・知的障害・精神障害(発達障害も含む)の3つの障害種別に分けられる。
採用にあたって、この中の特定の障害種別に限定すること、それ自体は非難されるべき事柄ではない。この点を誤解してはならない。採用は、原則として、採用する側の専権事項であり、ただ法定雇用率を満たしさえすればよいのだ。
しかも、雇用の観点から言えば、この3つの障害種別の中で「最も人気があるのが身体障害者」なのである。理由は、身体障害者は、身体の障害以外、一般の人と変わらないからだ。
安定した勤務という点から言えば、次に「人気がある」のが知的障害、最も人気がないのが精神障害である。理由は、容易に想像がつくだろう。
八王子市は、この3つの障害種別の中で「最も人気がある身体障害者」だけに限定しているわけだ。
3.八王子市の問題
ここで、即座に、2つの問題点を指摘することができる。
1.なぜ民間企業だけに精神障害者の雇用を押し付けているのか?
昨今の精神障害者の激増という背景の下で、法定雇用率の対象として精神障害者が組み入れられるように法改正された。これを受けて、民間企業では精神障害者の採用が急上昇している。法定雇用率を満たすためには、精神障害者の採用もせざるを得ないからだ。
にもかかわらず、なぜ、八王子市は「最も人気がある身体障害者」だけに安住していられるのか?
2.平成28年に制定した「障害のある人もない人も共に安心して暮らせる八王子づくり条例」は飾りか?
この中には「市条例の定義」として、標準的な障害理解に従って、障害者を「身体・知的・精神その他」と定義している。
ということは、採用に際して身体障害者だけに限定するのは、上記の定義上、障害者の一部のみしか対応していないことになるが、これについては、どのように釈明するのか?
以上に指摘した2つの問題点は、「法定雇用率を満たしているか?」という形式的な条件から一歩踏み込んで「障害者雇用の具体的な内容(障害種別の問題など)はどうなのか?」という実質的な側面に移行していることに注意して頂きたい。
4.知的障害者と精神障害者の「仕事」とは?
職場環境を身体障害者でも適応できるようにバリアフリー化することは、簡単である。お金さえかければ。そして、市役所であれば、その名目さえ立てば、即座に税金を投入できる。
だからこそ、一定規模以上の民間企業や公共機関では「身体障害者が一番人気」なのである。バリアフリー化さえできれば、一般の人と同じような仕事を担当してもらうことができるからだ。
しかし、知的障害者や精神障害者の場合は、問題は単純ではない。
まず第一に、ほとんどの場合(しかし決して全てではないことに注意せよ!)、彼らが担当できる仕事は「単純作業」に限定される。従って、現在の業務を再編成して、コアな業務の周辺にある「単純作業」を切り出す必要があるのだ。
これは、業務全体の改善にもつながる可能性を持つが、しかし従来の業務フローを見直すことは、市役所に限らず、どの組織でも、かなりの手間が必要になる。
また、第二に、精神障害者の場合に必要な配慮になるが、彼らに対しては必ずしも安定した勤務を期待できない。従って、上記の「単純作業に限定される」とも密接に関わるが、一定期間以上のスケジュール(納期)を想定した持続的で複雑な仕事を担当させることが難しい。
更に、第三に、彼らに対しては、常にジョブコーチ的な立場の監督者・同伴者が必須となる。つまり、この点で追加的な人件費が必要になるのだ。だから、民間企業では「特例子会社」(*1)の設立が重要な意味を持つ。この支援体制を一箇所に集約する(つまり節約する)ことができるからだ。
ただし、残念ながら、公共機関では、この「特例子会社」の設立は認められていない。この点での制度変更には、一定の可能性があると思っているが、それはまた別の機会に(*2)。
以上、どれもが、身体障害者の場合とは状況が全く異なることを理解できるだろう。だからこそ、八王子市は「身体障害者に限定」しているわけである。
では、八王子市に、上記の対応はできないのか?
しかし、民間企業にできて、市役所にできない理由は、原理的に存在しない。あるいはむしろ、存在してはならないはずだ。
2017年、東京都は、それまで身体障害者に限定していた障害者枠を知的障害者・精神障害者にも拡大した。
その手法と実績は、八王子市にとっても参考にできるのではないか?
5.しかし、誰が採用されるのか?
仮に八王子市が奮闘し、東京都と同様に、障害者枠を知的障害者・精神障害者にも門戸を開いたとしよう。
しかし、そこで採用されるのは、どのような人か?
この漠然とした問いは「何のために採用するのか?」という視点で考えると、一つの明確な回答を得ることができる。
もちろん「法定雇用率を満たすため」である。ということは、法定雇用率を満たすことができるような人でないと、そもそも採用する意味がないのである。
説明しよう。問題は制度にある。
1人の障害者を採用したとして、その人を法定雇用率に対してカウントできるためには重要な制度上の条件が必要になる。
それは「週に30時間以上勤務できること」という条件である。この条件を満たす場合にはじめて、その人を「1人」としてカウントできるように制度設計されているのだ。
仮に「週に20時間〜30時間」しか勤務することができない場合には、その人は「0.5人」としてしかカウントできず、週に20時間を下回ると、全くカウントできない。
つまり、週に30時間以上、一週間に5日勤務するとすれば、一日に最低でも6時間を安定して勤務できる人でなければ、市役所としては、あるいは民間企業でも同様に、採用するインセンティブがないのだ。
これは、決定的に重要な条件である。
端的に問うてみよう。
うつ病やあるタイプの発達障害の人が、毎日6時間以上、安定的に勤務できるのか?
そんなことができないから、その人は障害者手帳を持っているのではないか?
この問いは、障害者雇用を考える際に、決定的に重要なものである。
しかし「では、どうするか?」という問題を考えると、その余りの困難さに呆然とせざるを得ない。
6.「障害の社会モデル」の限界?
障害者が社会に合わせるのではなく、社会の側こそが障害者に合わせること。
これを「障害の治療モデル」から「障害の社会モデル」(*3)への転換と呼び、日本の障害者政策も、この社会モデルを主導理念として設計・構想されている、はずだ。
しかし「障害者が働く」という場面、学校や施設の内部でのことではなく、あるいは、まるで「お客さん」のように施設から街へ出かける場面ではなく、そういった保護された空間から一歩出て、日常的に「健常者と共に働く」といった限りなく具体的な場面では、この社会モデルは、ほとんど機能していない。
機能していないどころか、前節の「毎日6時間以上の勤務条件」が象徴的に示しているように、障害者の雇用を促進する法律そのものが「健常者をモデルとして、そこに障害者がどれくらい接近できるか?」という従来どおりの治療モデルで制度設計されているわけである。
しかし、この点を批判すれば、それで済むとは全く考えていない。
あなたが「社長」だったとしたら、誰を採用するのか?
誰にならば、給料を支払うに値すると考えるのか?
他人事として「批判する」のではなく、あるいは、研究機関の内部から声高に「正論を演説する」のでもなく、1人の当事者として考えた時、我々は、どのように考えるのか? あるいは、何ができるのか?
我々の社会は、どこに行こうとしているのか?
これは「あなた」の問題でもあるはずだ。
<本文への註>
(*1) 「特例子会社」とは、簡単に言えば、企業が障害者雇用を目的として設立する子会社のこと。厚労省の認定を受ければ、親会社の法定雇用率に算入することができる。
(*2) 公共機関の場合に「子会社」は難しいだろうが、障害者の就労を支援する民間施設(例えばA型作業所や就労移行支援事業所など)に対して何らかの「業務委託」という形式は検討に値するはずだ。
(*3) 「障害の社会モデル」については、相当な議論の蓄積が存在する。その先鋭的なフロントラインについては、例えば『障害学のリハビリテーション 障害の社会モデル・その射程と限界』(生活書院)などを参照のこと。
Comments