小さな風景

更新日:9月6日


ここには「小さな風景」がある。


以下は、別に「美しい話」ではない。おそらく、ほとんどの人には、私が何を問題にしているのかさえ、わかってもらえないような「微妙な話」を書いている。ただの感傷に過ぎないと言われても、私に返す言葉はない。


一人の子どもがいた。

小学校低学年、男の子。ある子と仲良くなり、その子の家に頻繁に遊びに行くようになった。

しかし、あまりに頻繁に遊びに行くようになったので、その子の家は困惑し始めた。

ある時は、昼食時に来た。その子の親は、やさしくこの子どもに言った。「お昼ごはん食べたら、また来てね」。

だけど、この子どもは帰らなかった。家の前で、ずっと一人で佇んでいた。

ここには「小さな風景」がある。


徐々に、この子どもの状況がわかり始めた。

母子家庭である。母は仕事で不在がち。学童にも、徐々に行かなくなった。

この子どもには、ほんの少しだけ傍若無人なところがあった。

ご近所の家の庭に勝手に入ったり、ちょっとモノを壊したり。

しかし、周囲の大人たちは、多少困惑しつつも、やさしく見守っていた。

ここには「小さな風景」がある。子どもと大人たちの。


私の子どもが小さいときにも、これとは異なるが、似たようなケースがあった。

胸が痛くなるような思いがした。

忘れられない。


「だから」と、私のような種類の人間は言う。「仕組みや制度が必要なんだ」と。

あるいは「地域のパワーで子どもを支えるべきだ」と、偉そうに演説すら始めるかもしれない。いや、実際に、そうするだろう。

だけど、そうじゃないんだ。


私は思う。

手が伸ばせないことがある。

内心の困惑を押し隠し、それに小さな痛みを感じながら、遠巻きにして見守ることしかできないことがある。これは、親になった経験のある人であれば、痛みの記憶と共に、おそらくは理解してくれると思う。

だから「制度論」に話を切り替えるしかない、そういった地点がある。

つまり、自分が今、否応なく感じている小さな痛みから、それを忘れさせてくれるロジカルな「公共性のレベル」へ。


だけど、そこに、私はずっと違和感を感じてきた。

自分が、この痛みを「制度論」にすり替えてきた、そうする自分自身に対して違和感を感じ続けてきた。

今もそうだ。しかし、それを解消する術を私は知らない。


私は、上記で「すり替えてきた」と書いた。

人は言うだろう、「それこそが動機なのだ」と。「その痛みが動機となって制度改革へ向かうのだ」と。

その通りだ。だけど、私の実感としては、やはり「すり替えている」。

制度改革など立派な演説をする前に、おまえには今、目の前に、やるべきことがあるのではないのか、と。

しかし、できない。おそらく、私では、その子どもに手を伸ばすことができないのだ。

なぜか?


私は思う。

私は、ふだん思っている以上に「狭い世界」に生まれ、育ち、生きてきた。

すぐ隣には別の世界がある。だけど、その世界に行けば、そこでは、理屈以前に、感覚が合わないだろう。

何かが、微妙に違うのだ。


私は、この微細な違いを「言葉だけの正論」で押しつぶし、のっぺりとした「正義の世界」で生きていこうとは思わない。それは端的にウソであり、抑圧されたものは必ず(最悪の形で)回帰するからだ。

ただ、この微細な違いの真ん中で、凍りついたように動けない自分を、せめて自覚していたい、そう願っている。


私は「すり替えてきた」と書いた。

凍りついている自分を自覚しているからだ。そして、どこかで、そういう自分を赦していないからだ。

しかし、それでもなお、私は、これからも「すり替え続ける」しかない。

この、泥臭く、頑迷で、ザラザラとした感覚の世界から、清潔で、ロジカルな「公共性のレベル」へと。


私は冒頭の「小さな風景」を忘れない。

子どもが一人、家の前で、ずっと佇んでいる。

それに対して、この自分が手をのばすことができないことも。

私は、忘れない。



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